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メディアスタディーズ演習 最終課題

 今回私が題材として選択したのは、8月9日(月)の「報道ステーション」である。
 まず、この番組が始まってすぐに取り扱った話題は「熱中症に対応する医療機関」というものだった。この時期に即した話題であり、国民が注目すべき情報を提示したとは考えられる。しかし、取材を行っていた医療機関は非常に慌しく緊迫した状況であり、あまり取材を受け入れる余裕があるようには見えなかった。加えて、急いでいる医師を質問するために足止めさせる場面もあり、病院の業務を妨げるような、無理やりな取材を行っていると思われかねない点があった。
 その次に、長野県の議員選挙で民主党が圧勝した、という内容が流れた。このとき、国民の「次期民主党総裁にふさわしいのは誰か」という意識調査の結果が表示されたのだが、管総理がたったの22%の得票率で「最も支持されている」という結論がつけられていた。その上、この調査は「わからない」と答えた人が55%という、過半数が「誰も明確に支持できるとはいえない」という結果になっている。このような調査結果から、「管総理が支持されている」という結論に持っていくというのは正直考えにくい。統計結果を都合よく解釈しているように思われかねない内容であった。

以上が、今回のニュースで私が批評すべきと考えた点である。

《番組データ》報道ステーション/朝日テレビ系/月曜~金曜 21:54~23:10/司会 古館伊知郎/出演者 市川寛子 一色清 ほか/8月9日のテーマ「熱中症に対応する医療機関」「長野市長選挙 民主圧勝」など/
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ガバナンス論第4回課題

まず私が思うのは、ユーザーの権限をより強化した方がよいと考えるのである。
 ニコニコ動画を見てみると、動画内において他者を侮辱、侵害するようなコメントというのは多々見られる。これも一つの“荒らし”であり、動画主やユーザーにとっても気持ちのいいものではない。そのために現在ニコニコ動画では「通報」というシステムがあり、ユーザーがまずいと思うようなコメント、動画があれば、それを運営に報告し、管理者権限で消去する、といったシステムがあり、そうまではいかなくても見たくないコメントがあれば、そのコメントの発信主を特定し、表示しないようにするNG設定というシステムもある。
 こういったシステムを、より強化する必要があると思うのである。通報であれば、その意思が即座に反映されるよう、削除をより迅速にしたりなど、普段見ているユーザーが取り締まれるような仕組みを作っていく必要があると思うのである。

ガバナンス論演習 インタビュー実践

 今回、同じ班のMさんにインタビューを行った。
 Mさんは小学校3年のときに引っ越しを経験しており、今まで通っていた小学校とは別の学校に転校することになった。このとき、彼にとってこれまでの人生で一番印象深い事件が起こった。
 それは、Mさんが転校してきたことを知らせる全校集会のときの話である。Mさんは“3年1組”に編入されることになっており、それを全校生徒の前での自己紹介のときに言うことになっていた。
 しかし、このときMさんは全校生徒の前で「今日から3年2組に入ることになりました」と、全校生徒の前で言ってしまった。
 そのとき全校で大混乱が起こり、教師までもが混迷する中、なんとか訂正してその場は大笑いで済んだ。しかしその後先生に散々叱られたという。
 この件をきっかけにMさんのあだ名が「2組」に決定した。そのせいもあってか、1組よりも2組の友達の方が多かったという。その友人とは現在でも交流があるとのこと。

ガバナンス論第三回課題

私は、やはり一部の娯楽・スポーツ部門を民営化にしてしまった方がいいかと思っています。

個人的ではありますが、NHKの番組、特にアニメなどは非常に良質なものが多く、失くすのは非常に惜しいところがあります。
アニメに関しては、例えば現在でも”メジャー”など雑誌連載中の作品もあるので、その雑誌の広告収入から得ることも可能だと思いますし、そうでなくてもグッズや関連商品などのCMなりするなどして、運営資金を受信料徴収型から変えていく必要があると思います。

ただ、完全に民営化することが「わたしたちのNHK」になるというわけではないと私は考えます。
事実、民営のものである、他の民放はそういった性質を持っているわけではありません。

「わたしたちの」にするには、まずわれわれが”出資者”である必要があると考えます。しかし、受信料徴収型のままだと、どうしてもフリーライドが出てしまいます。

なので、私はテレビを購入する際、その購入価格の内に受信料を含めてしまった方がいいと考えるのです。
そうすることで、テレビを購入した時点で受信料を払うことになり、理論上フリーライドする人がいないことになります。
「ちゃんと意見反映させろと言われても、金払ってないんだから言われる筋合いはない」という言い分は通らないことにもなりますし、もしそれで足りないのであれば、先ほど言ったように一部民営化して補うなどすればいいと私は考えます。

【*】愚行権をどれだけ社会が許容するか

今回も先生のブログからお題を頂戴することにした。
というわけで今回のテーマは「愚行権」。

簡単に言うと、愚行権とは「他人に迷惑をかけていないし、本人がいいと思うのなら、他人にそれをとやかく言われる筋合いはない」ということであると私は解釈している。

まず、自分の身の回りにある「愚行」に値する行為というのを考えてみた。


私はどうも”歩く”ということが好きなようで、十数キロ程度の距離だったら平気で歩く。
ひどい時には、バスや電車で1時間程度はかかるような距離を、所持金の余裕があるにも関わらず半日近くかけて歩き続けたこともあった。
それを見た周囲の反応は、
「どう考えても時間の無駄に他ならない」
「お前は生きてるだけで無駄なのにその上無駄なことをするな」
などとまあ冷たいものである。

私自身は、他人に金銭的に負担をかけているわけではないし、何かしろの傷害を与えているつもりはない。
ただ、とある友人にこんなことを言われたことがある。

「お前のそういう馬鹿馬鹿しい行動を見ていると吐き気がする。目障りだ」

問題点はここにあると私は考えている。

要は感じ方なのだ。
精神的なもの、不快感を与えておいて、それが「他人に迷惑をかけていない」と言い切れるだろうか。
「見るのが嫌なら見なければいい」という意見もあるが、事実そうやって見たくないものだけを見る、という選択がどれほどできるのだろうか。
少年漫画誌のケースで考えてみよう。
ふと電車の中を見回してみると、漫画を読んでいる中年男性が目に入ってしまった。
予期しない場所にある予期しないものを見ないようにする、というのは果たして可能だろうか。

だが、ここまで考えてみると、あらゆる場所に存在する行為が「許されざる愚行」になるのではないか。

先生は、飲酒や賭博には多少は他人への損害があるとしても、そう酷いものではないから気にするまでのことじゃない、としている。

私が今上げたものは、少しでも損害があればそれは許されない、という基準で判断している。

つまり、この愚行権のライン、とりわけ快・不快に関するものは、人によって多種多様に変化するわけである。

私が本当に問題だと思うのは、そうした人によって千差万別に変わるようなものを、一定の基準のルールで強制的に当てはめさせるのはいかがなものか、ということなのである。
男性職員の髭の問題にしても、それは当事者たちだけで解決させてやればよいことであって、他のすべての人々を巻き込むようなルールにねじ込むのは、正直よい考えとは思わない。

そもそもこの愚行権の定義事体が間違っているのかもしれない。
本当に他人に迷惑をかけない行為というのがどの程度この世にあるのか。
そんな曖昧な権利を振りかざして混乱を招くようなことがあるのなら、最悪無くしてしまったほうが寧ろ良いのではないかと私は考える。

愚行権-Wikipedia
市役所が男性職員のひげ禁止


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