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ガバナンス論第4回課題

まず私が思うのは、ユーザーの権限をより強化した方がよいと考えるのである。
 ニコニコ動画を見てみると、動画内において他者を侮辱、侵害するようなコメントというのは多々見られる。これも一つの“荒らし”であり、動画主やユーザーにとっても気持ちのいいものではない。そのために現在ニコニコ動画では「通報」というシステムがあり、ユーザーがまずいと思うようなコメント、動画があれば、それを運営に報告し、管理者権限で消去する、といったシステムがあり、そうまではいかなくても見たくないコメントがあれば、そのコメントの発信主を特定し、表示しないようにするNG設定というシステムもある。
 こういったシステムを、より強化する必要があると思うのである。通報であれば、その意思が即座に反映されるよう、削除をより迅速にしたりなど、普段見ているユーザーが取り締まれるような仕組みを作っていく必要があると思うのである。
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ガバナンス論演習 インタビュー実践

 今回、同じ班のMさんにインタビューを行った。
 Mさんは小学校3年のときに引っ越しを経験しており、今まで通っていた小学校とは別の学校に転校することになった。このとき、彼にとってこれまでの人生で一番印象深い事件が起こった。
 それは、Mさんが転校してきたことを知らせる全校集会のときの話である。Mさんは“3年1組”に編入されることになっており、それを全校生徒の前での自己紹介のときに言うことになっていた。
 しかし、このときMさんは全校生徒の前で「今日から3年2組に入ることになりました」と、全校生徒の前で言ってしまった。
 そのとき全校で大混乱が起こり、教師までもが混迷する中、なんとか訂正してその場は大笑いで済んだ。しかしその後先生に散々叱られたという。
 この件をきっかけにMさんのあだ名が「2組」に決定した。そのせいもあってか、1組よりも2組の友達の方が多かったという。その友人とは現在でも交流があるとのこと。

ガバナンス論第三回課題

私は、やはり一部の娯楽・スポーツ部門を民営化にしてしまった方がいいかと思っています。

個人的ではありますが、NHKの番組、特にアニメなどは非常に良質なものが多く、失くすのは非常に惜しいところがあります。
アニメに関しては、例えば現在でも”メジャー”など雑誌連載中の作品もあるので、その雑誌の広告収入から得ることも可能だと思いますし、そうでなくてもグッズや関連商品などのCMなりするなどして、運営資金を受信料徴収型から変えていく必要があると思います。

ただ、完全に民営化することが「わたしたちのNHK」になるというわけではないと私は考えます。
事実、民営のものである、他の民放はそういった性質を持っているわけではありません。

「わたしたちの」にするには、まずわれわれが”出資者”である必要があると考えます。しかし、受信料徴収型のままだと、どうしてもフリーライドが出てしまいます。

なので、私はテレビを購入する際、その購入価格の内に受信料を含めてしまった方がいいと考えるのです。
そうすることで、テレビを購入した時点で受信料を払うことになり、理論上フリーライドする人がいないことになります。
「ちゃんと意見反映させろと言われても、金払ってないんだから言われる筋合いはない」という言い分は通らないことにもなりますし、もしそれで足りないのであれば、先ほど言ったように一部民営化して補うなどすればいいと私は考えます。

【*】愚行権をどれだけ社会が許容するか

今回も先生のブログからお題を頂戴することにした。
というわけで今回のテーマは「愚行権」。

簡単に言うと、愚行権とは「他人に迷惑をかけていないし、本人がいいと思うのなら、他人にそれをとやかく言われる筋合いはない」ということであると私は解釈している。

まず、自分の身の回りにある「愚行」に値する行為というのを考えてみた。


私はどうも”歩く”ということが好きなようで、十数キロ程度の距離だったら平気で歩く。
ひどい時には、バスや電車で1時間程度はかかるような距離を、所持金の余裕があるにも関わらず半日近くかけて歩き続けたこともあった。
それを見た周囲の反応は、
「どう考えても時間の無駄に他ならない」
「お前は生きてるだけで無駄なのにその上無駄なことをするな」
などとまあ冷たいものである。

私自身は、他人に金銭的に負担をかけているわけではないし、何かしろの傷害を与えているつもりはない。
ただ、とある友人にこんなことを言われたことがある。

「お前のそういう馬鹿馬鹿しい行動を見ていると吐き気がする。目障りだ」

問題点はここにあると私は考えている。

要は感じ方なのだ。
精神的なもの、不快感を与えておいて、それが「他人に迷惑をかけていない」と言い切れるだろうか。
「見るのが嫌なら見なければいい」という意見もあるが、事実そうやって見たくないものだけを見る、という選択がどれほどできるのだろうか。
少年漫画誌のケースで考えてみよう。
ふと電車の中を見回してみると、漫画を読んでいる中年男性が目に入ってしまった。
予期しない場所にある予期しないものを見ないようにする、というのは果たして可能だろうか。

だが、ここまで考えてみると、あらゆる場所に存在する行為が「許されざる愚行」になるのではないか。

先生は、飲酒や賭博には多少は他人への損害があるとしても、そう酷いものではないから気にするまでのことじゃない、としている。

私が今上げたものは、少しでも損害があればそれは許されない、という基準で判断している。

つまり、この愚行権のライン、とりわけ快・不快に関するものは、人によって多種多様に変化するわけである。

私が本当に問題だと思うのは、そうした人によって千差万別に変わるようなものを、一定の基準のルールで強制的に当てはめさせるのはいかがなものか、ということなのである。
男性職員の髭の問題にしても、それは当事者たちだけで解決させてやればよいことであって、他のすべての人々を巻き込むようなルールにねじ込むのは、正直よい考えとは思わない。

そもそもこの愚行権の定義事体が間違っているのかもしれない。
本当に他人に迷惑をかけない行為というのがどの程度この世にあるのか。
そんな曖昧な権利を振りかざして混乱を招くようなことがあるのなら、最悪無くしてしまったほうが寧ろ良いのではないかと私は考える。

愚行権-Wikipedia
市役所が男性職員のひげ禁止


ガバナンス論小レポートその2

今回私は山形県米沢市の「おきたまラジオNPOセンター」に注目した。

このNPO団体は、山形県南部の置賜地方を活動の中心としている。
この置賜地方は、少子高齢化が進んだため人口が減少し、各地の商店街も大型店舗の進出により衰退
するなど、非常に将来の見えない状態になっているという。
そんな置賜地方を盛り上げるために、置賜地方にある文化・産業・学問などの所謂「地域資源」を取り上げたり、また、そこに住む人々、町内会や自治会、NPOを応援することを目的として活動しているのが、この「おきたまラジオNPOセンター」である。

当初は、「特定非営利活動法人おきたまラジオコミュニティ」として、市民と共にFMラジオのコミュニティ放送を行うための研究・調査を行っていたが、コミュニティ放送では、時間や自由に発信することに制限があることが判明し、インターネットラジオに方針転換することになった。

そして現在、「おきたまWebラジオ」を運営し、地域の情報を発信するとともに、NPOに関する情報も提供し、他団体の応援も行っている。
主なラジオ内容は、地域活動家のインタビューや、学生ボランティアの紹介などである。
また、NPO中間支援活動にも力を入れており、先に挙げたNPOに関する情報の提供には、NPO法人の設立の仕方や、サポート活動も含まれている。

また、こうしたメディア関連以外にも、ホームページでの広報活動や、NPOに関する講演会なども行っている。


おきたまラジオNPOセンター

【*】エコロジーは絶対善なのか?

僕の知り合いの口癖なのですが、「なんかそういうものみたいだから、と言って物の本質を見ることをしないで判断する人が多い」ということをよく言っていました。これは今回のことにも言えると思います。

自分らの家庭で電気をできるだけ消したりなどでは、まあ電気代の節約くらいにはなるでしょうけど、まず規模の桁が違いますよね。本当に効果的なことをやろうとするのであれば、発電所の発電量に制限を掛けるぐらいのことをしないと意味がない気がするのですが。まったくそういう話は聞きませんよね。そういうことを考えずにただ「エコ」の言葉に踊らされている人って結構多いと思います。

エコだといって推進したものが、逆に自然に負担をかける。
先生のブログにあったように、普通に作るよりも倍のエネルギーが必要になるリサイクル。
そういった事情を無視してエコを語っているのだとしたら、本質を見抜けない自己満足の愚行でしかないかと。
「こういうのがいい、って言われてるけど、どうしてそう言えるんだろう」
と常にひねくれた考えを持つことも必要ですよね。

ただ、私もコンビニ等で「袋いりません」ってつい言ってしまう性質なのですが、本能的に刷り込まれてしまっているのかもしれません。

でもビニール袋使わないってことはそれだけビニール袋を製造している会社の利益を阻害しているわけで。そのうちそういう会社が悪に仕立て上げられるんでしょうか。

ガバナンス論小レポートその1

今回のレポートテーマにおける「ガバナンスのタネ」とは、身近なところでいうとmixiであると私は考える。

今回の講義において、ジャーナリズムは本来人々の日々の営みの記録であり、協治のための議場を提供するものであったということだった。すなわちジャーナリズムはガバナンスの一部であったということである。ジャーナリズムは現在新聞社などの企業が抱える新聞記者が行うべきものであると考えられがちだが、もともとの意味からすると我々が普段書いているような日記などもジャーナリズムの一つに数えられる。

現在私もこのブログとは別にmixiも利用している。このmixiはブログサイトの中で異彩を放っていると考える。通常の日々の雑事を書き込むことの他にも、ニュース記事が手軽に見て選べ、それに関して自分の意見を加えた日記を書くことが出来る。さらに、他人とそのニュースに関して書いた日記を見つけることが非常に簡単にできる。このように、日記を通して他人と気軽に議論できる機能がある。これもジャーナリズムの一つの形として、ガバナンスのタネのうちの一つとも言えるのではないかと私は考える。
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